辺り一面

辺り一面 黄の海よ 銀杏落葉

一鴻

# by thuchinouta | 2017-12-08 21:53 | haiku | Comments(0)

大なり小なり

毎日、大なり小なり
事件が起きて、
その時々で対応に追われ
それで良かったのか何なのか
分からないままに一見収束を迎える。

その時々の判断や決断が瞬時なだけに、
やっぱり日々のちょっとしたことからの学びを積み重ねていないと
積み重なると大きく方向を変えてしまう。
面白くもあり怖くもあり!


先日は息子たちにドヤドヤッと悪態をついたわけなのですが、
やっぱり今日は謝りました・・・。

学校ではセンター試験に向けて大多数の子が頑張っていて、
学友に敬意を払うということ、
一生に一度の行事に全力で参加してみるということ、
そういう思いでいる息子に、謝りました。

センター受けるの、
それはそれで、筋が通ってるし
いいことだと思う。
学校でもそう指導されているだろうし。
あと一ヶ月、塾に通いたかったらそれはそれでいいと思う。
退会するって言ってしまったと思うけど、
それは何とでもなるから、
センター当日までやり切って、
「ありがとうございました。」
と、次に目を向けるというのが
美しいと思う。
だから、自分の思うままに、やって下さいと
伝えました。

長男決してロマン男を気取っているわけではないのです。
現代において王道の高校生活を送っているだけなのです。
そういう視点で息子を見たら、
そんなふうな言葉になりました。

模試で自分のレベルを常に確認し、
受験校選びの情報を集め、
私大、国公立、共にどこどこを受けるか決める。
そう言うこと、やってみたいなあって
友達を見ていたら思うのだろうと思います。

国公立一本、他に選択肢なし・・・
自分だってもっと自由に選択できたら
また違った未来があるのに、と
思うこともあるのでしょう。

私は絶対どこかにトラウマを抱えていて、
自分の息子であっても平々凡々と青春しているのが
キライなのだと思います。

そして、
巨大化した教育システムや受験産業が、
一体どこまで「本当」なのか、
全く持って信じられないというところが
あるのです。

ただ長男を見ていたら、
学校と本人という小さな世界に限っては
美しき努力、美しき結束、美しき若さというものが
真に存在するののだなあと。

そこへ私のイカレタ脳では
本当にそれは信じるに値する世界か?
さっさと自分だけの設計図を描けるよう
複眼でもって物事を考えようよって
思ってしまうのです。

小学校の給食。
味噌煮込みうどん・アップルパン・牛乳という組み合わせが
きちんとした栄養管理の名の下に
「正しく良いこと」として定着しているみたいに、
そして牛乳を欠かさず毎日、
日本全国の学校で飲むことの理由は、
「決まりだから」
それを信じて何十年も毎日
疑問なく飲み続けることができる先生。

管理教育が強く、戦後を引きずっているような
時代錯誤なところが多々見受けられる中学校。
ブラック部活だとか長時間労働だとか、
結局はおかしいことをおかしいと感じる能力さえ持てず、
感じても言えず、
大事な部分を人任せにして続けてきた結果。

進学実績を躍起になって追い求め、
生徒のうわずみをかすめとっていく高校。

独特な風習やしがらみにまみれた教育現場。
止めようにもどこから止めていいのやら、
肥大化した様子に
「はっきシ言って、間違っていると思う。」
と断言したくなる点満載。
自分達の世界は正しいと
思い込んでいる集団に、
子どもを預けるこのスリル。
思春期真っ只中に、このスリル。
早く終わってくれと願う切ない親心。

いやーしかし、
助かりますよ、実際。
訳の分からぬことをする予測不可能な子どもらを
一日中預かってくれて、
それなりに賢く育ててくれるのですから。
先生方も一部盲目的ではあれ
それぞれの立場で生徒を熱心に導いてくれる。

そんなしくみを円滑に回していくために、
何かはそりゃあおかしいところもあるでしょう。
それが全体主義ってものですよ。
総合的に、子どもの成長を、見守りましょう!

分かっているのです、分かっているのですが、
あまのじゃくで、人を信用できない魔女は、
美しき青春の舞台裏を、
つい疑ってかかるという
悲しい性があるのです・・・。
アーメン。


# by thuchinouta | 2017-12-08 02:04 | diary | Comments(0)

こがらしが

こがらしが 山の粧い 引き立てて

哲舟


かぜがまえに「木」と書いてこがらしと読むようですが、
このPCでは変換できませんでした。
ごめんなさい・


# by thuchinouta | 2017-12-07 00:13 | Comments(0)

galleryシュエットさん

いつでもどこへでも行ってみたいのですが、
家と店と学校の往復だけの毎日です。

これは山崎のギャラリーシュエットさんの案内です。
いつもわざわざお店に案内を届けに来てくださいます。
毎年、年に一回だけのギャラリーを開設されています。
それが毎年すごくて。
今回はミュシャとガレ。
び、び、びっくりするような買い付けをされるのです。

アットホームな雰囲気で本物のミュシャを見ながら
買い付けのドタバタ劇をお伺いするのは
とても楽しそうです。

シュエットとは日本語でフクロウのこと。
先日スタッフから、
フクロウのブローチをもらったので
これをつけてシュエットさんにミュシャを見に行くって、
ちょっと楽しいかも・と思ったのでした。
でも、難しそうです・・・。
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私は自然をモチーフにしたアールヌーボー、好きです。
日本のレトロと呼ばれるものにもこのアールヌーボー時代の余波が見て取れることは、
私たち日本人にも意識するしない以前に生活に溶け込んだ様式と言えるのだろうなあと、
それはいつも、
林田交差点の交番にて、
思うのです。

林田交差点の角にある交番の窓に、
鉄格子がはめてあるのですが、
それが草木をモチーフにしてあるのです。

毎日その交差点で信号待ちをするので、
警察とアールヌーボー、面白い組み合わせだ、
とひとり楽しんでいるのです。
んー、と言うか、
日本の文様も自然をモチーフにしたもので溢れていますね!

子どもの夏休みの自由研究に、
「身の回りにあるアールヌーボー様式についての研究」というのを
子どもにけしかけて一緒にしてみたいなあと何年も前から思っています。
幸い4番目の女子が草花好きに育ってきたので、
来年当たり、挑戦してみようかなあ。
でもやはり日本をテーマにしたほうがいいかなあ。
今年の植物採集は結局賞を頂いたみたいで、
大きな表彰状をもらって帰ってきてました。

ミュシャは、何となく、身近に感じます。
私が小学生くらいの時、
母がいつも持っていた手帳を、
ダメだと思いながらも覗き見したことがあるのです。

表紙の裏を見て、
あっ!と思いました。

複雑な線で華麗な女の人の絵が描いてありました。
母の名でサインも書き込んでありました。

手慰みで描いた落書きという感じだったのですが、
それを見た瞬間、
お母さんは絵を描くのが本当に好きなんだ、
そしてこの絵は、
はー、もう、こうするしかないのよ、
という感じで、
一気に無心で仕上げたというような雰囲気を強く感じました。
静物画を描く母しか知らなかったので、
力強いタッチの線画を発見し、
母の知らない一面を見てしまったという気がしました。

その絵が、後になって
ミュシャの模写だったと分かりました。
もう、何も見なくてもミュシャが描けるほどに、
若いときに何度も何度も描いていた過去があったのだと思います。

そんな母ですが、
今はマトリョーシカの白木に絵付けをしています。
キャンパスなどを使って絵を描くのは大変だけど、
マトリョーシカならコンパクト!
小さな机と絵の具があればすぐできる。

でも、私は母が30を過ぎた時の子なのですが
今彼女は75歳?
遺伝なのか、片目が見えなくて、
筆を持つのがもう難しくなってきてるのですが、
気が向いたら時々、描いているようです。

一番最近のものを先月もらいました。
「結婚式」です。
本人もかなりとぼけた人ですが、
彼女の絵筆のタッチも、
手馴れた脱力感があり、
この脱力感はなかなかまねできないなあと、
思っています。
それにまず、
自分は結婚、失敗しちゃったでしょ、ってね。
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ちゃんと家紋入りです。
母のほうは菊水紋です。
それで私が譲り受けた指輪も菊だったのですが、
失くしちゃったねエエエエ。



# by thuchinouta | 2017-12-06 23:13 | diary | Comments(0)

ちょっと、いいですか?

先日はsense of wonderなどと
素敵ママを演じてみましたが、
その翌日となると化けの皮もはがれ、
ドヤドヤドヤっと、そりゃ、まあね。

一応国立と名のつく大学に合格した長男、
2月のセンター試験も受ける、
と何やらのたもうてヲルのを私は聞いたのです。
ふーん・・・。
そりゃあ、センターで何点取れるか力試し、
してみたいよねえ・・・。

しかし・・・
ボクは、実際はもっと上位校に入れたはずなんだ、とか
そんなノスタルジックロマン男に
なりたいのかい、おいオマエ。

とは言いませんよ、
基本、母は女優ですから、
理性の働いている時は無駄に吠えたりは致しません。

男子三人を車に乗せている時、
私のおしゃべりが許されるような雰囲気が巡ってきました。
そこで・・・。

それはそうと今後のことやけど、
いろいろ自分なりに考えはあるだろうけど、
今回のことはもうすでに新しい生活への準備にかかることができる、
ってことなん、分かるよね?

運転免許、車の購入、保険、いろいろとお金もかかるし、
どれくらいお金が必要で、自給いくらのアルバイトを何時間したらどうなる、とか、
そういう計算もしていかないとね?
入学したらパソコンも購入しないといけないよね?

受験ゲームに参加している場合じゃないよね?
そんなに優雅なことは、
ちょっとうちでは無理だからね?

相変わらず黙って聞いている長男。
その後すぐに塾へ退会の意志を伝えたと言う事です。

夏休みから約5ヶ月間、
ブレずに淡々と、
生活態度も精神面もきっちり保って
勉強を続けることができたのはすごいなあと思います。
あれほど遊ぶことしか頭になかった人が。

その勉強を生かすこともなく大学合格してしまったので、
それとは別に、
センター試験を腕試しのつもりで受けてみたいというのは
とても健康的な発想ではあると思うのです。

ただ、置かれた立場をまず省みて、
そちらを軸に置いて下さいと、話しました。

これからはどうにだって自分の時間を設計できるのだから。
まずそっちにわくわくすることであって、
受験の点数にしがみついている必要はないと。

その転換ができてからなら
センター試験を受けるのも、いいのかなあと思っています。

それのどこに違いがあるの?という感じでしょうが、
何となく、違う気がするのです。

そして説教ついでに次男へも飛び火。

いつも考えてる、考えてる、考えてる・・・、
考えてるで終わっちゃうよ?
考えて先延ばしにするってことを「決断」している自分、
っていう存在に気がつかない?

決めないことを決断してる、って分からない?
今、この瞬間も、「決断」。
決断の連続で成り立ってるの、分からない?

どうせ決断するなら
「逃げ」的な決断じゃなく、
おもしろいこと、しようよ!

だめだったらだめだったねえ、で
また変えたらいいやん!

まあ、調子に乗り出したらペラペラペラペラ
出てくる出てくる。

これって言葉の虐待だと思いながら止まらない。

オカアさんは何もワカッテナイ。

具体的なこと何も知らんとって、ワカッタコトイウナ。

おー、上等じゃない。
怒れ怒れ!

と、まあ時々、
知っててほとんどわざと、
ヤツらを怒らせて
あーすっきりって、
こういうことをしてしまいます・・・。

ケンカ、好きなんです、私。


# by thuchinouta | 2017-12-06 22:36 | diary | Comments(0)

茶巾包み

ぎんなんを、
一つ一つむくのも大変なのですが、
茶巾絞りをするのも結構大変。

お料理するまでの手間と、
出来上がったものにさらにひと手間で、
見た目は素朴なのに
案外手こずらせる憎いヤツなのです。

今月は、クリームチーズを練り込んださつま芋です。
さらし布を使って茶巾絞りをするとすぐ布目が詰まってしまいます。
だから、今回はラップを使って茶巾絞りにしています。

これは、クリームチーズにより
きめが細かくなりすぎているせいだと思います。

普通のさつま芋ペーストならそんなに布目もつまらないし、
きれいな布目模様がついていい仕上がりになるのです。

ラップでの茶巾絞りは、
絞り跡がきつく出過ぎるので風情がないのですが、
クリームチーズさつま芋では、
これでベストな仕上がりとしましょう!
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# by thuchinouta | 2017-12-06 21:54 | 米ギャラリー大手前 | Comments(0)

sense of wonder

子どもを育てるという、
人生初の出来事に直面したとき、
分厚い壁にぶち当たりました。

私は、子どもを育てるということを
まるで知らない。何にも知らない。
子どもをかわいいと思った経験も、ほとんどない。
常に年少者として存在したので、
自分より年下の子と深く触れ合ったことがない。
自分のことしか考えたことがなかった・・・!
そう気が付いたのです。

んー・・・。
そうだ、
何か物を買ったら取り扱い説明書というものがついている!
ということは、
子どもに関してもまず、
本を読もう!
子どもという存在の謎を解いてみよう!
と思いました。

あらゆるタイプの育児本、
読んでいると自分なりに納得のいく理論と出会うのですね。
そうと決まればとにかく実践。

朝は6時から、おててつないでトコトコお散歩。
朝食後、そうじ、それから昼前の外遊び。
近くのスーパーへも普通の道は通らずにガードレールをくぐり
草ぼうぼうの川の縁を通って途中でおにぎり、
ほんの1、2キロの道のりをサバイバル散歩。

帰宅後すぐにお昼寝、
起きたらすぐにお昼ご飯、
食べたらのんびり、
その後はまた午後のサバイバルお散歩。

長男が三歳になるまで、弟を抱っこ紐で胸の前にぶら下げながら、
毎日毎日同じことの繰り返し。

夜になると、
一日のうちに疑問に思ったことを思い起こして
本のページをめくって
いったいどういうことだったのだろうと、
何度も何度も読み返し、
また次の日からの謎解きテーマにしたのでした。

最終的に参考にしたのは、
「どの子もすばらしく育つみちすじ」
「心を育てる抱っこ法」
「センスオブワンダー」
「海からの贈物」
でした。

でもね、ある日、
あけっぴろげでくったくのない、ネアカな友達が家に遊びに来てくれて、
二人目が生まれたよって。
それで、話をしているうちに、
赤ちゃんと一緒にその友達も寝転んで、
添い寝ならぬ添い乳を始めて。

あ、ゴメンなー、気にせんとって。
って。

その様子がすごく自然で、適当で、
愛にあふれていて、
すごいなあって思いました。

もう本なんか、いらないやー。

その後、私も彼女を見習って、
少し骨太母ちゃんの仲間入りをすることができました。

本も面白いし、
本当にいいことが書いてあるんだけど、
目の前での感動と解脱にはかなわないですね。

それでも
センスオブワンダーと
海からの贈物は、
生き方、子育てへのイメージを膨らませてくれる本として
宝物のように思っていました。


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これは今流行のレジンを使ったブローチ。
スタッフがくれました。
今そのスタッフはアクセサリー作りに夢中。
いろんな作品を見せてもらったけど、
市販のパーツを使うのでもなく、
自分の今まで生きて培ってきたセンスを全て盛り込んで、
自分にしかできないアクセサリーを作るのがいいよね、
ってことになりました。

そのスタッフは、
自然豊かな山間部に育った、
栄養士として学び働いてきた、
子供が好き、
そんなことを表現できたら。

「お店の落ち葉や花を、頂いてもいいですか?」
とそのスタッフが言うので、
「もちろん!」

自然をテーマに、
草花をレジンで固めてアクセサリー作りを。
そんな展開に。

人と人が見つめ合って、
見つめ合うことをひたすら続けて暮らすって、
詰まるところ人間関係の悩みが生じる。

だけど一日のうちに30分でも自然に目を向けると、
それだけ分
人と人との衝突を回避できる。

アクセサリー作りを通して自然と向き合い、
心を開放して、
それが作品につながる。
その姿を子どもが見る。

それってセンスオブワンダー。
海からの贈物。

もう一人のスタッフは、
あじさいの季節に、
かたつむりの赤ちゃんを。

お店の箸置き代わりに使うあじさいの花に、
目に見えないくらいの小さな小さなかたつむりの赤ちゃんを発見。
水で洗い流してしまっても
誰も気が付かないほどの小さな赤ちゃん。

「かわいい。子どもに見せたい。」
と家に持って帰って、
その後長い間育てていたそうです。

お母さんは、いろんなところでふとしたセンスを発揮して、
子どものために施してやるのですね。

今日、長男の二次試験合格発表でした。
結果は、○でした。
3名枠で9名の受験者、2名の合格者があり、
そのうちのひとりとして、
宝くじに当たったみたいな感じです。
ダメだった子のことは・・・ひとごとじゃないです。
今後の健闘を心からお祈りしています。
農林海洋科学部 農林資源環境科学科 自然環境学主専攻領域、
という長い名前のところで学ぶことになります。
今まで出会い、長男と関わろうとしてくださった方々、
植物のこと、
昆虫のこと、
魚のこと、
道具の扱い、
田舎暮らし、
思えばたくさんの方々の知恵を
もらってきた18年でした。

3歳にも満たない頃に私と毎日歩いたサバイバルお散歩、
虫嫌いな私が虫を愛でる息子に付き添う毎日、
魚釣りに付き合う毎日、
そんな日々の積み重ねが、
オッサンみたいな青年になった今、
つながっていたんだなって改めて思いました。

その時はそんなこと、思わなかったのです。
毎日毎日、
子どもの輝く顔を見たくて。
ただただそれだけなのです。

結局、経歴と面接、講義・小論文で進学が決まったので、
センター試験のための勉強は必要なくなったのですが、
夏から本格的にセンター試験対策を始めてみて、
今までの自分がどれだけ世間知らずで甘い人間か、
痛感する経験となったようです。
それに、うちは兄弟が多いので
私立大学は全く考えになく、
国公立一本、
それにもれたら働きます。
そのことに関しても、いろいろと考えたことでしょう。
その不安から、
自分にはオベンキョウは向いていない、
手を抜けるところは手を抜いて、
長所をいかせるところへ、
という打算にもつながったことでしょう。

とは言え、
今まで積み重ねてきたことが
本当に心から望むことで、
これからもそのことにかけては努力を惜しまぬという決意があるならば、
この進学は間違ってはいないと思います。
これからまた新しい出会いと共に
一歩一歩、始まります。

ただ、自然環境を学び、
その経験を社会に役立てていく
その過程で、
一般社会との壁や生きにくさを感じることだろうなと想像すると、
お母さんは心配なのですね。

ほらもうあらぬ将来のことを心配しているマイナス思考。
あの時の友達のように、
添い乳して、いやーごめんごめん、ハハって、
そんなふうに、生きていこう!

しかし、最終的な夢である
「探検家」は、
やっぱりどうかなあ。
シンパイ・・・?

# by thuchinouta | 2017-12-04 20:56 | diary | Comments(0)

銀杏と林檎

ぎんなんは、イチョウの実です。
銀杏と書いて、ぎんなん、ぎんきょう、いちょうと読むそうで、
裸子植物門イチョウ網イチョウ目イチョウ科イチョウ属に属する中国原産の裸子植物、
だそうです。
目が回りそうです!

どうして銀杏なのかというと、
毎日銀杏の実をむいているからです。
毎日30個近くをむきます。

炒り立ての熱い熱いときに殻を割って薄皮をむかないといけないので、
ほんっとに熱い!
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本当は焙烙でころころ長時間かけて炒ったらいいのですが、
手間なくおいしくきれいに仕上がる方法を模索したところ、
紙封筒に実を入れてレンジへ、
ボン、ボン、ボン、と三回、
三つの実がはじける音がしたら紙袋を取り出して、
お鍋で少し焦げ目がつく程度に炒ります。
そしてペンチで殻を割って
薄皮もむきます。
あつっ!あつっ!あっつ!!と言いながらむきます。
少しだけ塩を振って盛り付けます。

透き通るような碧色。
スタッフ曰く、
こんなにきれいなものは危険に違いない!
そう、このスタッフは、
銀杏が苦手なのです。
苦手な人にとっては、
この美しさを信用できないのですね。

好きな人にとっては
まぎれもなく宝石のように美しくおいしいものです。

ただしやはり食べすぎには注意のようです。


今月の白和えは、りんごです。
先月は柿でしたが、
スタッフの一人が、りんごは?と。
りんごかあ、と。
それでりんごの白和え、
大正解でした。

さわやかで、
歯ごたえが良くて、
口当たりもよく、
なんとなくスタイリッシュな味がする!

三人寄れば文殊の知恵ですナー。










# by thuchinouta | 2017-12-04 19:10 | diary | Comments(0)

12月のお品書き

12月になりました。
今月もよろしくお願いいたします。

新米こしひかり
おまめさん
蕪の甘酢漬け
林檎の白和え
生姜の佃煮
白菜の漬物
蓮根のナムル
牛蒡の金平
小松菜の胡麻浸し
薩摩芋の茶巾包み
海老芋の柚子味噌和え
おかか南瓜
しろ菜の煮浸し
梅長芋
えのき玉子
銀杏
海老の五目揚げ団子
味噌汁
珈琲or生姜紅茶
お菓子

1620円です。
みなさまのお越しを心よりお待ちしております♪

# by thuchinouta | 2017-12-01 16:04 | 米ギャラリー大手前 | Comments(0)

冬時雨

冬時雨 虹を架かけたり 山の里

雨あがり 紅葉の葉に 露一粒


一鴻


# by thuchinouta | 2017-12-01 08:51 | haiku | Comments(0)

ぴーちく

今日は今年最後の茶道教室でした。
中学2年生です。
今まで2クラス各25名弱だったのが、
この学年から少子化で、
学年が1クラスだけになったので、
1クラスの人数が35人です。

いつも担任の先生を含め25名としてこなしてきたので、
それが10人も多いとなると
てんてこ舞いでした。

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お花は
土佐みずき
椿(初嵐)

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お菓子は
埋火 です。

うもれび、って何ですか?
と思わず口にすると、
茶道の先生含め三名のオバサマがたに、

そりゃあ、知らないわよねーーー

と。
そこから、出るわ出るわ、
昔話のオンパレードで、
わたくしは大変勉強になりました。

埋火と書いて、
うめび、うずみび、うもれび、といろいろ読み方があるみたいです。

消えないように灰の中に埋めた炭火のことだそうです。
火種を絶やさないように・・・

私たちのころは薪でお風呂を焚いてたから、
その燃え残りを火鉢で使ったり、
寝るときの炬燵に入れたりしてたのよー。
灰の中に隠してたら消えにくいでしょ、
そのことよー。
そりゃ、アナタは知らないわ・

そう言えばうちの薪ストーブも、
火種を残しておくと言ってたなあ。


話が一段落するとさりげなく、
お茶の先生のお姉さんが私に、
小鳥の写真を下さいました。


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お姉さんはいつも控えめなかたで、
口数も少ないです。
準備が終わって時間が余ったときは、
茶室の窓から北側に見える御殿山を仰ぎ見て、
じーっと何かを探しているふうなことが多いです。

だいぶ前に、そうしているお姉さんに話しかけたことがあって。
そしたら、鳥の声を聞いてるとおっしゃるのです。
今の時期はどんな鳥の声が聞こえるか、など
とても詳しかったので、へーっと思いました。

それからお会いする時は、
何か一言、鳥に関して会話をします。

でもほんとに一言だけです。
たいてい話題の中心は妹である先生となるので、
お姉さんのお話はいつだって、一言だけです。

でも今日はめずらしく、
先生にさえぎられようが、言葉を続け、
この写真を私に下さいました。

お姉さんは東京で結婚生活を送られていましたが、
ご主人が定年前に亡くなったので、
生まれ育った土地に帰ってきたのでした。

東京ではありとあらゆる場所へ行き、
夫婦でバードウォッチングをしていたそうです。
ご主人は鳥の写真をたくさん撮っていたので、
分厚いアルバムが今も残っていると。

もう何十年も前の出来事を、
写真を見てたら昨日のように思い出す・・・。

以前、
私がルリビタキだと思っているのは本当にルリビタキなのかと
みんなで議論になったことがありました。
お腹が白い、とか、いやお腹はオレンジいろだとか、
外側だけ青いとか、しっぽは何色だとか、てんでばらばらなことになって。
それでルリビタキの写真を下さったのです。

こんな大切な写真、頂いてしまっていいんですか、
とお姉さんに尋ねたら、

いい、いい。
いいんですよ。

と言って一瞬だけ私から目をそらせて
すぐに向き直して

私はもう見飽きたから、と。


お姉さんは、鳥がお好きなのだとは思いますが、
ご主人が鳥好きだったから、
今も鳥を追うんだなあと思いました。

家で、ひとり、
ご主人の撮った鳥の写真を眺めて、
その中から私に渡す写真を選んで、
そして今日持ってきてくださったのですね。

その後はやはり先生の出番です。
鳥って、小鳥はかわいいけど、
大きいのは、ネエ!
アオサギ!
アオサギはキライ。
もう雑魚捕れないでしょ。
あれ、アオサギのせいよ。
いや、農薬じゃない?
いや、アオサギよ。
豆ジャコ食べたいのに、ネエ!

そうそう、ジャコ、とれないねえ。

あら、私は昔からジャコが嫌いだから
豆ばかり食べてたわ。

そんなの言ったら私はウナギ。
小さい頃ウナギ焼いてくれる日は嫌だったわー。
骨のカリカリはおいしかったけどね。

もう続く続く、永遠に続くおしゃべり・・・。

ところで豆ジャコって何ですか?

川の雑魚、
カワムツとかオイカワとか何か、
小さい小さいジャコをイーッパイ採ってきて
豆と一緒に炊くのよ。
それ、みんな食べてたんよ。

それがもう、アオサギ!
あれはもう大食いなのよ。
もう、こんなふうにね。

とアオサギにナリキル・・・。
先生、アオサギにご立腹でした。

近所に鴨池という池があるのですが、
そこの鴨の数が減ったや増えたや・・・

この前見に行ったのよ、
そしたら鴨いなかった。

え?それはおかしいわ。
私が見たときはいたわよ。

あらそう?
ほんと?
私は白鳥を見たわよ。

え、白鳥?
そんなんだったら誰か餌付けすればいいのにネエ。

鳥はただ生きているだけでも、
人間サマに至っては、
えり好みをするようです、
お気をつけて。


# by thuchinouta | 2017-12-01 00:41 | 茶道教室 | Comments(0)

クリスマスコンサート

コンサートのお知らせです。

セレスチナ合唱団
チャペルコンサート2017

12月10日(日)
14:00~
マリア病院 聖堂にて
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学生のとき、英語音声学の先生が音楽好きで、
音声学をしないでオペラのビデオ鑑賞会ばかりしてたような気がするのですが、
私一度、第九のコーラスがしてみたいと思ってると言ったら、
それじゃあキミ!ぜひグリークラブへ入りなさい!
と言うことでコーラス部へ入部しました。

その頃流行していたラクロス部へ一度体験入部したのですが、
ジョギングで音をあげ、
体験入部たったの一日で終わったばかりだったので、
それにコーラスは小さい頃からかじっていたので
自然な流れで入部することに。

入部してみると、そのオペラ先生が顧問だったのでした。
先生が研究してるのはミサ曲。
というかそのコーラス部(グリークラブ)はもともとミサのためのクラブだったのか?

卒業後はこれまた自然に、セレスチナ合唱団はいかが?という流れで。
ほんとね、コーラスには助けられました。
感謝しています。
ときどき早めに練習場へ行き、
一階の教会へそっと入り、
誰もいない静けさを感じながらぼーっと座ったりしてました。
静かなのって、怖いような、安心するような、
胸がきゅーとなるような、
すごく刺激的だと思うのでした。
森の中を歩いてても、そういう気持ちになったりします、よね?



あの頃、オペラ先生のほかに印象的だったのは、
ドイツ語のやる気ゼロ先生。
試験は辞書の持ち込み可。
授業中、
「ぼかぁーねえ、思いますよ。
音楽が好きだと言えば「良い人」みたいな風潮がありますがねぇ、
あんなのウソですよ。
実に下らん。
無類の音楽好きだが最低な人間、こういうのがたくさんいるわけですよ。
実際ぼく自身もそうでしょうねぇ・・・。
そんな人間ですよ、ホントに・・・。」
・・・。
センセイ・・・。
何か、あったの?
おつらいですね・・・。

これまた英語で、アマデウス・モーツアルトという物語を読んでいく授業をしていた先生がいて、
薄くなった頭髪をバーコードに分けて、
くちびるがぷるんとふくらんで、
背は低く、
声は、子どもが障子紙を破ったような声で、
どう見てもロマンチックじゃない。
のだけど、アマデウスの物語にひたりにひたって
英語と日本語半々で語り、
私たちの眠気を誘うのです。

私はある日、クラスのみんなに相談しました。
今日はこのページをアマデウス先生が必ず読むから、
この行の朗読に差し掛かったら、
私が合図をするから、
これこれしかじか、と。

さてさて本当に、そのお目当ての個所の朗読に差し掛かりました。
フィガロの結婚を作曲したとかそういう場面だったと思います。

ハイッ!!!
と私が合図したとたん、

♪もう飛ぶまいぞ このちょうちょ♪
♪昼も夜も 休まず♪

とクラス全員で合唱~。
フィガロの結婚、日本語版の歌です。

先生は目をパチクリさせて、
んーっと考えて、
ノーリアクションで授業に戻りました。

その後、私の英語の成績がどうだったのか、
まったく記憶にございません。

さて、セレスチナ合唱団のコンサート、
楽しみです♪

# by thuchinouta | 2017-11-27 23:26 | おんがく | Comments(0)

しだれ柿

いつも通る道すがら、
ゲイジュツダーと
息を飲む柿の木が一本。

下に流れる川へ向かって
節くれだち荒々しく枝垂れた枝に
鮮やかに光る無数の柿の実。

茶、緑、白、緋。

写真があまり良くありませんが、
実際に見ると
ほう!ってナものです。

どうしたら信じてもらえるかな、
この美しさ。
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# by thuchinouta | 2017-11-27 22:39 | 山野草 | Comments(0)

ほいくえん

今朝は城見が丘保育園でうたがたりでした。

三歳児さん、大きなかぶを、
ひっぱってひっぱって、うんとこしょ!と
一生懸命かわいい掛け声と共に
抜くことができました!

保育園には夢がつまっていますね。
色とりどりに透き通ったふわふわの布が
至るところにかけてあり、
いつでも誰でも、
その布を使って何かのお遊びに使うのでしょうね。

クレヨンコーナーには、
良く見ると、
化石プレートの額縁がさりげなく
置いてありました。

d0347652_21261061.jpg
こういう遊び心、
大好きだなあ。

大切なものって何だろうって
考えて考えて、
いつもときめきを忘れない園長先生がいる保育園。
こういった保育園の次に、
小学校、中学校と、安心して進んでいけるように
整えていくことって、
とても大事なことだと思います。

選択肢が、狭すぎる、いや、なさ過ぎる。
これは日本の大きな損失かも知れないです。




# by thuchinouta | 2017-11-27 21:31 | diary | Comments(0)

金曜日のテレビ

先週の金曜日はまたじいじいの家で
録画してくれてたのを観ました。

思春期の心と脳との関係を
科学的に研究した内容の番組をみんなで観ました。
思春期には性ホルモンが脳の一部に強く作用して
本人も制御できない行動に出ることがめずらしくないと。
同時にそれは記憶力を促すことにも繋がっていて。
マイナス面だけではなく、それらの作用は
未知への挑戦力につながり、
それは国の発展につながると。
アフリカのマサイ族についてもお話がありました。
マサイでは14~19歳頃までの男子は
家族から離れて自給自足をする、
集団生活を通して生きるための力を学び養うと。
戦いの方法も。
新しい土地を目指して開拓してきたのも
若者だったと。


その他は、三島由紀夫の奥さんをテーマにした番組。
あとに残された奥さんが三島由紀夫の作品を守ってきた、
という言葉を聞いて、なるほどと思いました。


思春期についての番組を家族で見て、
ああだこうだと仲良く話してたのに、
今朝はもう、
三男とぎゃあぎゃあ言ってしまったなあ。
頭で理解してるのと感情は、違うのよ・・・。

夕方に、気分転換にちょっとだけ走ってきました。
走ることって普段、ない。
夏休みはラジオ体操、まあまあ、毎日最後まで続いたから、
マラソン大会まで、走るの、やってみようかなあ。


# by thuchinouta | 2017-11-26 21:54 | diary | Comments(0)

池内紀さん

日曜日、子どもたちが焼き芋をしてるとき、
調べ物をしてたっていうお話で、
実はYou Tubeを見ていたのです。

姫路出身のドイツ文学者、エッセイストの
池内紀(いけうちおさむ)さんの
直近の資料がないか探していました。
すると去年の講演会の動画があったので
思わずそれに見入ってました。

国立情報研究所 平成26年度 軽井沢土曜懇話会 第一回
「カフカのおかしさ」

池内さんの声は割と細いほうで、
これは平素からのクセなのかその日の体調なのか、
咳払いが話の合間に入り、
始めの数分は私の意識もあっちへいったりこっちへいったりしてましたが、
途中から一定の速度、思考での話が安定期に入り、
池内さんのさりげない立ち居振る舞いも相まって、
知らない間に食い入るように話に引き込まれていました。
1時間と数分の公演なのですが、
最後の数分間、ここに池内さんの全てが盛り込まれている!と思いました。
目がきらりと光ったような、
愛する人に、これだけはお話しておきたいんだけど、いいかな、というような、
慈しみと優しさと、誰にも負けない強さと、
そんなものが入り混じった目の光。
その一瞬の光のあと、
メガネを眼鏡ケースに入れたり、
持ち物を整えたり、
講演を終える準備を。
その間もおしゃべりはして下さっているのですが
あ、もう終わっちゃうんだと
こちらは心の準備をして。
そうすると、始めに気になった咳払いが
こうなるととてもなつかしく思えてきたりするのです。

講演が始まってすぐに、
お話しながら手で腕時計を外し、
演台の隅に置いたのが印象的だったのですが、
お話の最後の最後、
やはりお話しながらその腕時計を手に取り、
あ、腕時計!と思ったら、
とても慣れた手つきで腕時計を腕にはめて、
講演は終わりになりました。

とても、美しい講演でした。
折り目正しい老剣士のようでした。

剣道で言うならその腕時計は蹲踞(そんきょ)。
立会い前の蹲踞(腰を下ろして相手と向き合う座法の礼)に始まり、
相手との頃合を見計らい、最後に気剣体一致の有効打突を一振り。
そして最後の蹲踞で終わる。

このような講演を数え切れないくらい経験してきた人だからこその
礼儀正しい、芸術作品のような講演でした。

カフカをライフワークにしてきた、
と一言で言ってしまえばそれはそうなのですが、
なぜカフカなのか、
その想いと、それに費やす時間と労力。
カフカをやって、それであとの人生は遊んでるって、
本音だなあと思いました。

一人の人間を紐解いていく作業を
ここまで丁寧にやってきたということ。
今年はトーマス・マンも加わって、
やはりそこにも池内さんの笑顔の裏に
老剣士の厳しさ、優しさが深く横たわっていると感じます。

難しい言葉なんて一つもないのです。
言ってしまえば簡単な言葉で終わるのです。
でもそれが真実に限りなく近いんだって、
心の底からじんわり思える良い講演でした。



池内さんのことは2015年の朝日新聞オピニオン欄の記事で
お見かけして以来、ずっと心に残っていました。

「私の歩んだ戦後70年」という題で寄稿されたのが記事になっていました。

写真が掲載してあったのですが、
その池内さんの笑顔が、
私を惹き付けたのです。
なんて素敵な人なんだろうと。
文章を読むとまた更に・・・!
なんてなんて、なんて・・・!と。

時々吐く毒も、
ちょっと疲れた感のある系の自然体な感じも、
人としての「まっとうさ」を体現していて、
何が「まっとう」で何が「まっとうでない」のか
もう良く分からんわい!って時代に
よくぞこうして・・・。
本当にありがとうございますと。

と、ね、
私はそう思うわけなのです。
そんな訳で、
いつか池内紀さんに会いたいなあ。




# by thuchinouta | 2017-11-26 21:32 | book | Comments(0)

うたがたり

明日は今年最後の公演です。
城見が丘保育園にて

三歳児さん:おおきなかぶ
四・五歳児さん:ふたつのねがいーふゆのおとぎばなしー
うた:赤鼻のトナカイ他

ふたつのねがい は新作です。
ゆきだるまとおどりこの恋のファンタジー。
寒い冬のある日、
忘れ去られたおもちゃが動き出す・・・。
ひとときの夢物語、
お話と歌でほんわかしてもらえたらうれしいな。
ランパンパンという絵本も
本格的に歌い込む歌を挿入しているのですが、
この作品も最後に突き抜けるような歌声を合わせてあるので、
ストーリーはもちろん歌もご機嫌な作品です。

先日の中学校での公演は、
トークはやはり中途半端な感じで終わった感がありますが、
今までで一番
生徒さんたちと距離を近く感じることができたような気がして、
こんなことならこれからもう少し、
自分たちを解放してみんなと心を通い合わせるイメージで
望んでいきたいなと思いました。
ほんとにね、特に中学生には、
心から、何だろう・・・
応援したいなって、思います。
何をどう言えばいいかとか
自分の生活でも全く答えは見つけられませんが、
お話しをしてほほえみ合って、
楽しかったね、またね、
っていうだけでちょっと満足。

明日は久々にちいちゃな子たちと。
何が起きるかなー。

# by thuchinouta | 2017-11-26 20:38 | おんがく | Comments(0)

うたがたり

明日、11月24日は
太子東中学校で公演です。
午後一時半ごろからです。

うたがたり:おおきなかぶ
朗読:じゅげむ
歌:紅葉
  小さい秋
  小さな空(前にも書きましたが、武満徹さんの曲、とてもいい曲なのです!)
いずれもハープ伴奏です。

三人で「おしゃべり」に挑戦してみたいなと
思っています。

本や曲の紹介をするに当たって、
普通に説明すると、特に中学生相手だと
説教じみたようになりそうなので、
私たちが好き勝手におしゃべりをするのを聞いてもらって、
どう感じるかはどうぞお好きに、
というふうにしたいなと。

おおきなかぶ、
ありえないほどの大きな蕪を
非力な老人と子供、小さな動物がひっぱっる。
おかしな話です。
労働力としてまともな「大人」の存在が、ない。
何か背景に、暗闇がありそうな気もします。
でも、たったのそれだけ、
大きな蕪をひっぱって抜けた~!ってだけの
お話が、これほど長く語り継がれてきたのはなぜでしょう。
そんな話を3人で「適当」におしゃべりしようかなって。

じゅげむ、
子供を生み育てる大変さを大真面目に語るのではなく、
覚えきれないほどの長ったらしい名前をつけて
子育ての成就を願うという滑稽さで表現する、
人間へのシニカルな愛情表現が炸裂する落語、
面白いよね、というようなことも。

今回の、ユーモアをテーマにおしゃべりすることを思いついたのは、
三男との会話からでした。

学校の先生は、自分のことしか考えてない、
とある日三男が言ったのです。
理由を聞けば、
先生がクラスの主導権を握るために、
生徒をけなして笑いを取り、
表面上、全体の雰囲気をまとめる、
そういう手法でクラス運営をする、というのです。

でも、人をけなして笑いを取るっていうのは
今の世の中主流なやり方やけどね、
みんなそういうお笑い番組を好んで見てるやん、
と私が言うと、
それはテレビの世界であって、
現実にはしたらあかんやろ、
と三男。

へー、
三男、いつもぼーっとしていて
分かってるんだか分かってないんだか、
輪郭のぼやけた感じがぬぐえないのだけど、
意外と洞察力に優れているのね、
しかしだから、
時々学校への拒否反応を起こすのね、
と思いました。

それで、
笑いってなんだろう、
ユーモアってなんだろう、と
改めて考えました。

ちょうど、おおきなかぶもじゅげむも、
私たちの持ちネタとしていつも公演してたので、
ふと、それに繋げて考えてみることにしたのです。
するとカチリと焦点が合いました。

ロシアの過酷な気候、
若手が出稼ぎに行き、
非力な者たちのみが残された寒村での出来事。
子を産めども健康に育つ保証もない時代に
子の将来を強く願う親の切なさ。
それでも強く生きていくには、
ユーモアが大切なんだなあって。

そういうこと、
今の世の中で、
感じ取っていくことって
難しいだろうなって。

三人でのトークは初挑戦なので、
きっとうまくはいかないと思いますが、
こんなふうに、
少しずつ私たちの活動にも
メッセージを含ませていけたら、いいなあ。


# by thuchinouta | 2017-11-23 23:19 | おんがく | Comments(0)

マッチ

姫路はマッチの生産で昔から有名ですが、
うちでも密かにマッチが流行。

トイレでマッチを擦るとリン成分が匂いを消すらしい、と
毎日次男がトイレで実験。

次男は一つのことに凝りだしたら止まらないので、
禁止しても無駄なことを私は知っています。

先週の土曜日に、
「お母さん、サツマイモ、ある?」
と次男がお店に電話をかけてきました。
「あるけど、ない。」
明日の料理に使う分ならあるけどアナタにあげる分はない、
という意味です。
「どうして?」
とたずねると、
「焼き芋しようと思って。」
と。
毎日マッチを擦っていたら
焼き芋するのを思いついたのでしょう。
「また今度にしようね。」
と電話を切りました。

そして今日、学校がお休みで
次男も時間をもてあまし、
いざ焼き芋!
長女を引き連れ落ち葉集めに。
いったん長女が帰ってきて、
「サツマイモ、サツマイモ。
なければジャガイモ!」
と言って冷蔵庫の中を探します。

そこへ、隣の家のおばさんが、
「ちょっとええかあ。」
と勝手口から顔を出し、
「サツマイモ、いるか?
私、畑のサツマイモ放ったらかしで
掘ってくれたら助かるんやけど。
それにこの子ら、落ち葉集めて、
もしかして焼き芋したいんかいなと思って。」

えっ?
サツマイモ!?
ないない!うち、ない!

と言うことで、
長女喜び勇んでサツマイモを掘りに。
次男も加わって男の力でざっくざく。

隣のおばさん、
最近軽い脳梗塞で入院していて、
先日退院しました。
急に倒れた時のために消防署へ直通のブザーを家の中に取り付けたのですが、
ブザーの緊急連絡先に我が家も登録。

おばさんはひとり暮らしなので、
ごはんやらおかずやら何やら、
差し入れを週に何度もするのですが、
いつもおばさんちに運ぶのは長女の役目で、
代わりに果物やジュースをもらってごまんえつ。

私は今日はいろいろと考え事や調べものをしていて、
人の目にはぼーっとしているように見えるでしょうが、
頭の中はとっても忙しくしていました。
あ、それってやっぱりほーっと過してたっていうことになる、か。

こども達はおばさんと、
焼き芋を満喫していたようです。

おばさんの荒れた畑も
次男が畝を作り直したりして、
少しは役にも立ったようです。

いつも隣のおばさんは私のことを、
「アハハー!アンタとしゃべっとったら面白いわー!
私一日に三回は笑うように心がけとるけど、
アンタとしゃべるとすぐに三回になるわー。」
と。

今日は絶えずおばさんの
アハハーという笑い声が聞こえていて、
おばさんのノルマは達成された様子です。

私は少し焦げ目がついた、冷めた焼き芋を食べながら、
マッチの煙が焼き芋に化けたか、
と思ったのでした。


# by thuchinouta | 2017-11-23 22:47 | diary | Comments(0)

月がキレイデスネー

今日は月がきれいでした。

夕方の5時45分。
三兄弟を車に乗せて発進したとき
ツルもきれいな上弦の月。

助手席の次男が
「月がキレイデスネー」
と照れ隠しな言葉遣いで言うので、
それこそ月並みな返事も面白くないと思い、
「この私に、アイラブユーですか?」
と答えると、
「はんっ、ボクは夏目漱石ではアリマセンのでナ。」
と。

後部座席では今撮りたての月の写真を
カメラのディスプレイで確認する長男、三男。
そして長男、無言で私にその画像を見せる。
見せたいのです。
自分で撮った月を。

でもしゃべらない。
シャーペンについて電話で話した以来、
会話なし。

きれい!
とだけコメントすると満足そうにしていました。

三男は相変わらず中二病進行形で、
顔を見ただけで、「何?」と。
そんな三男を、長男ときどき締め上げる。
何か私が三男のためにしたことを
三男がうっとおしがったりしたら、
長男、三男の胸ぐらつかんで、
「違うやろ?してもらったん、やろ!?」

だから、長男とは会話はないけど
間接的に、
私のことは一応尊重はしてくれてるみたいです。
私と話すと甘えが出ると思っているのかも。


車を走らせていたら
次男が用意したCDから手島葵の歌声が。

夕闇迫る雲の上
いつも一羽で飛んでいる
鷹はきっと悲しかろう
音も途絶えた風の中
空を掴んだその翼
休めることはできなくて

心を何にたとえよう
鷹のようなこの心
心を何にたとえよう
空を舞うような悲しさを

雨のそぼ降る岩陰に
いつも小さく咲いている
花はきっと切なかろう
色も霞んだ雨の中
薄桃色の花びらを
愛でてくれる手もなくて

心を何にたとえよう
花のようなこの心
心を何にたとえよう
雨に打たれる切なさを


手島葵はウィスパーボイスで
小さくささやくように歌うので、
言葉のひとつひとつが際立ちます。

始めは私も一緒に口ずさんでいましたが
あかん・・・。
祖母が亡くなって、涙は出ませんでしたが、
こういう何気ないところで、
あかんのですね。

歌が、続かなくなって、
前が見えにくくなって、
私が黙り込んでたら、
代わりに次男が歌いだして。

次の曲は山口百恵の秋桜。
これもあかんやん!

この頃~涙~もろく~なった母が~
庭先でひとつ~咳をする~

私、ここんとこ咳止まらないし!

ありがとうの言葉をかみしめながら
生きてみます私なりに
こんな小春日和の穏やかな日は
もうすこしあなたの子どもで
いさせてください

次男熱唱。
アンタさー、
私の気持ち知っててやってるの?
真面目そうな顔して
案外女心をもてあそぶわね。

相生駅について、
長男は やはり無言で下車、
陸橋にて友達とばったり遭遇、
すれ違いざまに、お互い手を上げて「よっ!」とあいさつ。
そんな姿を数十秒眺めて車を発進。

時間にしたら15分かそこらの出来事ですが、
忘れたくない一瞬一瞬で、
この年齢になってもこんなふうに刹那的に感じることが
まだまだあるんだなあって。













# by thuchinouta | 2017-11-22 00:15 | diary | Comments(1)

シャープペンシル

今日は長男の二次試験でした。
昨日学校へ登校し、早退して現地入り。
受験会場近くに一泊しました。

幾度となく一人旅をしたことがある長男ですが、
出先から家に連絡をしてきたことは一度もないのです。

しかし、今日はめずらしく電話がありました。
試験が終わったくらいの時間でした。

「ホテルから忘れ物の電話、なかった?」

宿泊したホテルにシャープペンシルを忘れてきたというのです。
そんな電話はなかった、シャーペン忘れたくらいどうってことない、と私が言うと、
「あれは中学校の時から使っていたヤツやから・・・。」
と言うので私も少し言葉につまり、
「・・・・・・シャーペン取りにまた行ける、合格ってことやん。」
と苦し紛れに言いました。
するとプーと鳴って公衆電話が切れました。

最近全然長男とは話をしていなくて、
出発に関しても何にも言わないし、
私は何をどうするのかよく知らないままでしたが、
やっと会話があったと思ったのがこの電話。

私にもホテルの人にも、
そのシャーペンの価値が分からないけれど
本人にとっては大切な物だったのでしょう。

試験でそのシャーペンを使えなかったことになりますが、
たぶんそれはちょっと想定外の展開だったのだろうなと想像します。

普段男っぽく振舞っている長男がシャーペン一本のために
私に電話をしてくるということが、不釣合いなだけに、
合格自体が心配になりました。

そんなことを口に出したら、
「しょーもないことを言うな」と長男に釘を刺されそうですが。
長男もうすぐ帰宅する予定です。
どんな顔で帰ってくるかな。


祖母は、あれから目を開けることはなく、
眠ったまま亡くなりました。

亡くなった日の夜、
子どもたちと祖母のお参りに行きました。
祖母の実家は真言宗、結婚後は浄土真宗。
と言うことで浄土真宗の正信喝です。
お寺市をさせてもらってた伊勢のお寺は浄土真宗。
そこでは毎年夏休み、毎日寺子屋を開催して下さってたので、
子どもたちは正信喝を正確に読み上げることができます。
導師と言って、通常は住職が勤める役、
始めのワンフレーズを一人で独唱する役目を、
三男にするよう周りが促したのですが、
ちょうど年頃の三男は恥ずかしがって首をかしげるばかり。
少し前なら、僕がすると積極的にしていたのに。
すると次男がさっと立ち上がって仏壇前の座布団へ。
次男が導師を勤め、
みんなが一斉に声を合わせました。
叔母や伯父は何よりの供養になったと喜んでくれました。
長男へは、
「おばあちゃんが付いて回ってくれてるわ。大学合格間違いなし!」
と。


その翌日の昨日はお通夜、今日はお葬式でした。
でも私は行きませんでした。

私は祖母ととても距離の近い生活をしましたが、
関係としては祖母の息子の前妻の子なので、
儀式へは後妻とその子らが出席するほうが良いのです。
祖母の息子、私の父はもう亡くなりましたが、
それだけに、後妻さん一家がこのような儀式に出席することは、
少なからずプレッシャーのあることだろうと思います。
そこへ私も現れたとなると、きっと疲れるだろうなと思いました。
周りの人も気を遣うと思います。

大切なものは目には見えないんだよ。

私は祖母に愛された記憶があるし、
私が行かないと言っても叔母たちにイヤミととらえられないくらい
心が通じ合っている手応えを持っているし。
叔母たちは私に、「来るな」とは言いづらいところもあるという微妙なところだと思います。
それに、私には「耐性」があるけれど
あちらにはそれがないと思うのです。
だから行かないということは誰にとっても良い選択なのです。

私はオトナの事情により振り回されてきた過去がありますが、
振り回すことになった事情を作り出したオトナの、
それぞれ一人一人には間違いなく愛情を注いでもらったのでした。
でも総合すると、一般的な愛の組織形態には属すことができなかったので、
それはなぜだったのかという謎を解くことが私の生きる道でした。

小学生の頃は祖母と夜、
二間続きの部屋の、真ん中の障子を開けて二つのふとんを一文字に敷き、
ちょうど敷居の辺りに四角い電気炬燵を入れて、
祖母は西向きに頭を、私は東向きに頭を向けて、
足をその炬燵で温めながら眠ったのでした。

時々祖母の兄弟が家に来ました。
私はその人たちのことが嫌いでした。
その人たちが来たら私は違う部屋に行ってうずくまって透明マントをかぶります。
「姉さん、あの子、どうするつもりや。」
そんな声が聞こえます。

少しがまんしたらその人たちは帰ります。
すると私は祖母のために、
そんな会話は聞こえなかったというふりをして、
普段通りに生活します。

高校生の時は、おせち料理のお手伝いで祖母の台所にいるときに、
突然父が訪ねて来ました。
台所の入り口が開いたと思ったら、
何年も顔を合わしていない父がいたのでびっくりしました。
父はじっと私の顔を見ていましたが、
何も言わずに別室へ行きました。
私は、たぶん涙がぽろんだったと思います。
祖母はすかさず私の手に一万円札をねじ込み、
「許してやって、な、」と言いました。
乙女の心の痛みは一万円かあ。

しばらくたってからその話を聞いたのであろう母は、
このところ浮かない顔をしている娘に
「悲劇のヒロイン演じてても仕方がないのよ。」
と言いました。
あ、そっか。
私、悲劇のヒロイン演じてるんだと思いました。
それからたくさん考えて、
もしかしたら父こそ、困ったな、と思ったのだろう、
高校生になって少し「女性」になった私を見てびっくりしたのだろう、
どうして声をかけたらいいのか分からなかったのだろう、
そう気が付きました。
私としては、
「久しぶりだね、お手伝い偉いね」
とか紳士的に接して欲しかったのだろうけど、
無言で立ち去るという展開に傷ついたのです。
何で私がオトナたちを「思い遣ら」ねばならないの。
やってらんないわ、と思ったものでした。

二十歳を過ぎて私が外国へ逃げ出したいと思うようになって、
何度か違う国と日本とを行ったり来たりしましたが、
その頃母は再婚してたので私はまた祖母と暮らしていました。
出国をする時、祖母はバス停まで見送りに来て、
一緒に歩いている間は一言も話さなかったのに、
別れ際に一言、
「ほんまに行かな、あかんの?」と。
「うん。」と言って私はバスへ乗ったのでした。

私は私でこれからどうやって生きていこうかなと考える時期で、
祖母は祖母で、老後をこの孫とずっと一緒にいれるわけでもないし
どうしようと思っていたであろうし、
お互いの「その後」に向き合わざるを得ない、
孫と祖母でありながらシビアな人間模様を描いていたのでした。

祖母の6人の孫の中で、わたしだけ女です。
子どもを生んだのも私だけです。
他の人は結婚もしていないです。
四人生みました。
祖母は喜びました。

四人生んだことが、
世の中や人生の謎解きに直接役立ったので、
解き明かしたい謎の多かった私には、
四人くらい生まないと、
十分ではなかったのですね。

おばあちゃん、
私が生んで育てた子どもたちの、お祈りの声、
聞こえましたか?

# by thuchinouta | 2017-11-18 23:46 | diary | Comments(0)

祖母

きのうはぞろぞろと
一家6人で祖母のお見舞いに行きました。

昨日はいよいよ目を開けることも
なかったです。
でも、まだ確かな呼吸をしています。

寝ている祖母を見て
一番に気がつくことは
耳たぶです。

ふっくら福耳だった耳たぶが、
薄く皮だけになっています。
耳の水分が抜けたのでしょう。

体中の余分なものが全てなくなりつつあります。
骨と皮だけになりつつあります。
一昨日は私がおにぎりを食べてるのを見て
かすかに反応したので
お水のストローを口に含ませると
それはできないと。

薬も点滴も何もしていないので
それで食べないとなると
本当に体の中には余計なものが全くなくて
究極のデトックス効果で
つやつやすべすべお肌。

不純物なしの人体。
死ぬことを仏になると言いますが
本当にそうだなあと。

心も体も無我。
あるがまま。

おばあちゃん、今まで本当にありがとう。
私が夜遅く帰宅した時、
ちょっとここへ座りなさいと、
二人で向かい合わせに座ったことがあったね。
てっきり怒られるのかと思ったら、
おばあちゃんは何も言わずに
私の顔を見てるだけだったね。

自分では悪いことしてるって分かってるのに、
おばあちゃんはいつもそうだったね。
それが私にはとても不思議でした。

でも孫には言えないよね。
今なら分かります。

おばあちゃんが静かに生命を終えようとしている姿を見て
生きることへの安心を感じたよ。
生きることと死ぬことは
つながってるんだなあと思ったよ。

食べたくなくなったら食べずに、
飲みたくなくなたら飲まずに、
そうしていると
動ける限りの細胞が
心臓の続く限り働いてくれて、
わたし達はおばあちゃんの
鼓動を注意深く見守るだけで。

おばあちゃんのいない世界はどんなだろうと
想像がつかなかったけれど
時の流れが自然に生死を分かつということを感じて。







# by thuchinouta | 2017-11-16 00:34 | diary | Comments(0)

せき

今月の初めに喉が痛くなって
やっぱり風邪をひいて熱が出ましたが
半日寝込んで何とか復活。

でも咳がちょっと残っています。
すぐにでも止めたい私は薬屋さんへ。
2錠飲むと書いてあるけど
1錠にしておこうと勝手に決めて服用、
全然効かず。

今度は素直に2錠飲んだら効き目ばつぐん。
でも車の運転が、危なかった…
眠たくて。


三男が学校から忘年会の案内をもらって帰ってきました。
とんかつふなこし
飲み放題6000円。
PTA役員と学校職員の交流会です。
未だにこんなイベントがあるのですね。

とんかつふなこしさんは美味しいです。
以前何かの取材を受けて
次の取材先を紹介して欲しいということで
ふなこしさんを推薦させてもらった記憶があります。
祖母もふなこしさんのとんかつが好きでした。

とんかつと言うと赤心さん。
赤心さんも美味しいです。
ずっと古くから赤心さんへは
じいじいがお米の配達に行ってます。
どこか具合が悪いと聞けば
なんでも屋さんのように
なんでも修理。
じいじいはお米以外でも赤心さんと
長い付き合いです。


PTAの忘年会、素直に出席でお返事出そうかな。


# by thuchinouta | 2017-11-15 23:02 | diary | Comments(0)

竹薮に

竹薮に 朱きランタン 烏瓜

葉を落とした栗の木にも
絡みついていました
夏の蜘蛛の巣のような花は
見落としがちですが
この時期の朱い実はそれはそれは鮮やかです

一鴻

# by thuchinouta | 2017-11-14 22:18 | haiku | Comments(0)

野球帽

野球帽 かぶってヘディングする娘

どこへ行く 夢は自分の中にある

哲舟

# by thuchinouta | 2017-11-14 22:13 | haiku | Comments(0)

ろうすい

私には祖母がいて、96歳です。
今日は祖母のお見舞いに行きました。

つぶらな瞳で私を見つめるのですが、
ほのかにうなずくだけで、
しばらくするとすーっと眠りに落ちます。

またうっすら目を開けるのですが、
ひとときまどろむとまた
とろとろと眠りの世界へ。

ここ数日、水も飲まなくなったと叔母から連絡をもらったのです。
だから、会いに行きました。

戦争をくぐりぬけ、強く生きてきた祖母でしたが、
今はただ時を刻むだけの暮らし。
髪は真っ白で、肌も真っ白つやつや、
まるで赤ちゃんのように純真無垢な様子に戻っています。

「もうひとつの家」というコンセプトの
老人専用の家に住んでいます。

私がベッド脇に座っていると責任者の方が入ってこられて、
「おばあちゃん、ほんといつ見てもかわいいわ。サイコーね。」
と、まるでそうすることが日課であるかのように祖母に頬ずりせんばかりに
顔を近づけて様子を伺い、
手を握ったり頬をなでたりするのです。

90歳代に入って、心身共に健康だけど、
生命力が薄くなってきて、
こうしてきれいに少しずつ死に近づいていくのは
一番理想的ですねと。
もう少し若いとまだ細胞が元気なので苦しみがある、とも。

看護士をしていた経験から、
できるだけ自然な死を迎えさせてやりたいという思いがつのり、
普通の民家を改装して
老人が死を迎えるまでのお世話ができる家を運営されています。

私たちも、お見舞いと言っても、
普通に玄関を開けて、こんにちはー、おじゃまします、と
スリッパを履いて祖母の部屋へ入ります。

ここでは、家で暮らすように、
できるだけ自分の好きなように過すことができるようになっていて、
お見舞いに関しても特に決まりはないみたいです。

看護士さんは24時間滞在してくださっているようです。
食事も手作りのものを丁寧に食べさせてくださいます。
日々の様子を事細かに観察して下さっているようで、
スタッフの皆さんと深い心の絆でしっかり結ばれていることが
ひしひしと伝わって来ます。

祖母の部屋にはアロマのライトが備え付けられていて、
喉に良いと言われるタイプのアロマオイルが炊かれて
いつもほんのり良い香りです。

ここまでしっかりとした形になるまでには
想像もできないほどのご苦労があったと思いますが、
素晴らしい活動をされているなあと、
訪れるたびに思います。


明日は子どもたち、部活と塾を休ませて、
みんなでお見舞いに行こうかなと思っています。

数ヶ月前も、そろそろ最後かもと連絡があったのですが、
子どもたち全員引き連れてお見舞いに行くと、
にっこり笑顔で出迎えてくれて、
すっかり元気になった祖母。

今回もまたよみがえるかも!?



# by thuchinouta | 2017-11-13 20:42 | diary | Comments(0)

白やぎさん

しろやぎさんからお手紙もらったくろやぎさん
思わずびょーんと飛び跳ねた。

ひとり暮らしのくろやぎさん。
手紙とは「話すこと」。
いつも誰かに頭の中で手紙を書いてる。

もしまた手紙が届いたら
嬉しくて食べてしまわないよう
気をつけようね。


# by thuchinouta | 2017-11-08 00:31 | diary | Comments(0)

グリーンドリンクス姫路

今週の土曜日にお店で
グリーンドリンクス姫路さんが
お話会を催されます。

グリーンと名の付くようなイメージの集まりで、
「ねばならぬ」的なお話ではなく
ゆるやかに身の周りの環境を語り合うといった
そんな集まりになるかと思います。

2017.11.11(土)
17:00-19:00
参加費500円(軽食つき)
主催:グリーンドリンクス姫路

私もお手伝いに行くと思います。
良ければご一緒しませんか・


と、いうのも、
今日来店されたお客様が
面白いお話しを。
そのお客様はよく来てくださる書道家さんなのですが、
なんでも・・・

「友人が家を手放したいと言っている。
実際に使っている家ではなく、
不動産として持っているだけの家だから、
高齢になってきたし、整理したい。
どなたか使ってもらえないだろうか、とのこと。」

住みながら直していく楽しみを味わいたい人、
カフェなどに挑戦してみたい人、
そんな人はいないかなって。

160坪、瓦葺屋根の古い家です。

今月いっぱいの約束でカギを預かってるから、渡すわね、
行って見てきてね。
とカギもお預かりしました。

興味があるかたがいらっしゃいましたら、
土曜日のグリーンドリンクスの集まりに来てくだされば
ゆっくり地図を見ながらお話できます。
079-261-4612
komegallery@yahoo.co.jpまでご連絡下さい・


# by thuchinouta | 2017-11-07 23:55 | 催し案内 | Comments(0)

茶道教室

今日は中学三年生が最後の茶道授業でした。
私はいつものようにあたふたと雑用係のお手伝いですが、
授業の最後に生徒さんから茶道の先生へあいさつがありました。
先生は長年、この地域で保育園から幼稚園、小学校、中学校と
可能な限り茶道のお稽古に行かれています。
私は、午後の授業と決まっている中学校しかお手伝いに参加していませんが、
この学校の中学生は幼少の頃からこの先生からお茶の指導を受けています。

小さな頃から先生にお茶を教えてもらって、
今日が最後かと思うとさみしいです。
先生から教えていただいたことを
これからも忘れずにいたいと思います。
と代表の子があいさつしました。

これからね、あなたたちは高校受験に向けてがんばるわけなのだけど、
みんな希望の学校に入れたらいいですね。
と先生はあいさつへのお礼のあと、エールを送りました。

こうして毎年、同じように、
だけど顔ぶれは一人として同じではない時が
過ぎていきます。

先生はこの地で生まれ育ち、しかも9人姉妹、
そしてこの地で子育て、しかも4人、
それが終わればこの地で孫育て、
それでもってこの地で長らく茶道、踊り、体操の指導などなど、
民生委員も長く。
なにがすごいって、
80年近くもずっとこの地域で生きて、
地域や学校と関わり、
ご意見番として元気に活躍されているのがすごいです。

いつも私にも季節の野菜を届けてくださって、
今日も、帰り際に後ろから追いかけてきてくださり、
「柿、ある?」
「ん?柿?あ、柿、あります!」
「そう、柿ある、やっぱり、じゃあいいね。」
「はい、ありがとうございます。」

前回は、さつまいもでした。
さつまいもは作ってないのでありがたく頂きましたが
柿の木はうちにもあるので、
今日のところは遠慮しました。

ところで中学3年生。
「カンちゃんのお母さん、いやー昔からおんなじやなあ、変わらヘンなあ。」
「うんうん、僕らの小さい時から、こんなんやったな。」
とお茶を飲みながら私に聞こえるようにつぶやくのです。
3年生徒もなるとちょっと気が大きくなって、
わざとこんなふうなことを言ってみたりもするのですね。

「キミたちは変わったわー。びっくりするくらい大きくなって。」
と私も負けじと返します。

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今日のお菓子は、
「木枯らし」
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今日のお花は
柏葉あじさいの紅葉したの
初嵐という名の白い椿

11月から炉の釜になったので、
それに合わせるようにお花も大振りなもの2~3種です。
知ったふうに言いますが、
私は17~20歳くらいの間に気まぐれにお稽古に行ったり行かなかったりで
すぐやめてしまい、
古民家改装中の13年前程から数年、この先生の
茶道教室に通いました。
それも気まぐれ参加だったので言えるほどのものでもなく。
ただ、母が若いときに茶会で着たという思い出の着物で
茶会のお手前をさせてもらったので、
まあそれでキリが良いというか、
いい思い出ができたかなと。
あとはこうして中学生とあたふたしながら
少しだけでも茶道のよさを味わえるのがいいな。


中学校を後にしてお店に急いで戻ろうと
車を走らせていると、
小学生の集団下校に遭遇。

その中にひとり大きなお兄ちゃんが。
制服を着て、背丈には不似合いのランドセルを背負い、
小学生と同じ体操帽をかぶった中学生。

走り去る私の車に手を振るのが見えます。
実はこれはうちの三男でした。

今日から中学2年生のトライやるウィークで、
地元の小学校でお世話になっているのです。
毎朝の絵本の読み聞かせ、
用務員さんの仕事の補助、
算数と英語の授業の補助、
給食を毎日違うクラスで食べる、
休み時間は運動場でみんなと遊ぶ、
というのが仕事内容のようです。

長女が保育園に通っている時
三男がお迎えに行くと小さい子たちがみんな寄ってきて、
わーわーきゃーきゃー
鬼だぞーーー!
としかめ面を作って追いかけるとこれまたわーわーきゃーきゃー
知らんぷりをしたらまた
わーわーきゃーきゃー
またまた、鬼だぞーーー!!!
またわーわー・・・
そんなことを飽きずにずっと繰り返すことができるオトコなのです。

このたびのトライやるウィークでも、
全校生徒と鬼ごっこをすると張り切っています。

張り切っているわりには直前まで準備も整わず、
忘れ物はするし、
職員室でのあいさつの原稿は・・・僕には無理、
なっ、ボクが文章無理なん知ってるやろ、
なっ、お母さん考えて。
と人任せ。

そしてどこからかホコリだらけのランドセルを引っ張り出してきて、
ざざっと手で拭いて、
ほら、これできれいになった!
明日からこれで行こーっと。
とごまんえつ。

それで今朝、
ほんとにランドセルを背負って
集団登校に付き添って行ったのでした。


小学校でのトライやるは
あまり推奨されていないようですが、
というのも、緊張感がないというのか、
近い過去過ぎて学びがないということらしいのですが、
私はそれはあまり気にしていないです。

この年代の子が「何かをする」ことに、
学びがない、なんてことは
あり得ないだろうと思います。

近い過去だけど、
現在の自分は全く別の場所にいる。
それでまた、少し、
元の場所に戻ってみる。
それってとっても面白いなと。

中学校の制服に、ランドセルを背負っていって、
それを見た児童が笑う、
笑われた自分がうれしい、
そんな関係って、
卒業生だからできることで、
縁もゆかりもないところへランドセルで行ったら
ただのオカシイ人で終わってしまう。

みんな自分のことを知っていて、
自分もみんなのことを知っていて、
だけど立場は昔と違っていて。
小学生の仲間に入りたいけど入れない、
ランドセルが小さすぎるお兄ちゃん。
ランドセルを背負ってはいるけれど、
実は手の届かないところにいるお兄ちゃん。

そこにユーモアが生まれるんだなあって。
共有する大切なものから、
心のゆとりや面白さって、生まれるんだなあって。


こうしてずっと、
同じ場所で同じ暮らしを続けていたいと
思ってしまう一日でした。

先の見えない不安を解消するために
頑張り続ける世の中ですが、
育った地域で、何かひとつできること、
見つけてゆったり暮せたらどんなにいいことかと
思うわけなのです。



ところでユーモア。
こんどある中学校でことね公演をさせてもらいますが、
テーマはユーモアにしようかなと。
人をさげすんで取る笑いがお手軽に広まっているけれど、
暮らしや子育ての苦しさ、悲しさから生まれる
人としての知恵がつまったユーモアもある。
そんなユーモアを共有できる優しい社会になればいいなあ。
と、漠然と思っています。
中身はこれから詰めていこうかと。


# by thuchinouta | 2017-11-07 23:32 | 茶道教室 | Comments(0)

行く秋や

行く秋や 雲間の月も 惜しみけり

一鴻

# by thuchinouta | 2017-11-07 08:55 | haiku | Comments(0)